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三中1977年卒同窓会サイトのブログです。
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今日は夕方から地元のとある会合があり、年配の方々とお話しさせていただく機会がありました。
その中で、清児だけにある「行(ゆき)」姓のことが話題になりました。
戦国時代に秀吉の根来攻め(木島合戦)で滅ぼされた清児の高井城の主が「行左近」とされていますから、それより昔から「行」姓があったわけです。

清児の地名の由来となった言い伝えのある奈良時代の僧「行基」との関わりが深いと推測されます。
(清児の地名の由来はこちらで↓)
http://www.rinku.zaq.ne.jp/bkasc607/omosechi/chigotuka/chigotuka.htm

興味深いのが、清児町の近隣にある石才町の「守行(もりゆき)」姓と、森町の「行松(ゆきまつ)」姓。
どちらも清児の「行」姓と同様に、それぞれ石才と森のオリジナルに近い苗字ですね。

奈良時代に僧行基が、今の貝塚市鳥羽から水間までを通ったルートを考えると。
鳥羽→石才(守行さん)→麻生中→清児(行さん)→名越→森(行松さん)→三ツ松→水間

ひとつ飛ばしで3つの集落に「行」の字を含む苗字の方々がいらっしゃいます。
しかも他の集落にはない珍しい苗字です(麻生中には守行さんが数軒いらっしゃいますが)。

何らかの因果関係があっての結果であると考えた方がロマンがありますよね。
行基の遺産か、偶然の産物か、明確な答えは出せませんけども・・・。


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TARA-1
年齢:
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性別:
男性
誕生日:
1961/11/30
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会社員
趣味:
バイク、稲作、同窓会のお手伝い
自己紹介:
1977年春に三中卒業後もずっと地元に住み続けています。
3人の愛娘も三中卒業生です。
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