三中1977年卒同窓会サイトのブログです。
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 標高857mですが、バスに揺られて1時間の楽ちん参拝です。 五ケ荘(岸和田市:塔原、相川、河合/貝塚市:蕎原、木積)の氏子さんが主催され、土生神社の宮司さんを招いて、雨乞いの神事が執り行われました。 8 100年、200年と続いてきたはずの例祭日、こんなところにもサラリーマン社会の影響が出ているのが残念です。 享保年間(300年近く前?)に岸和田藩主岡部公によって造営されたとされる神社で、山頂は紀州徳川藩との国境でもあります。 造営当時、神社の南側の一角が越境していたようで、紀州徳川藩の指摘で礎石の角を削り取られたという曰くつき。 今でも県境らしき場所に赤い杭(写真下)があり、角のない礎石がわかりやすいです。 PR 清児から1時間ほど歩くと、岸和田旧市浜地区へ到着。 入魂式後のお披露目曳行を終え、トラックに積み込む大工町地車と遭遇(写真)しました。 どうやら式典会場の浜公園への搬入にあたり、府道臨海線の曳行許可が下りなかったものと推測します。 わずかな距離ですが、わざわざトラックに積んで鳴り物を叩きながら式典会場へ走っていきました。 式典会場では、三ツ松の同級生Nくんと遭遇。「あんたも好きね~。」って感じです。 江戸時代の造りを彷彿させつつも、随所に見たことないような細工があり、超個性的で見応えある地車でした。 帰路ももちろん徒歩1時間、往復14km、1万8千歩の朝の散歩でした。 |
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プロフィール
HN:
TARA-1
年齢:
63
HP:
性別:
男性
誕生日:
1961/11/30
職業:
会社員
趣味:
バイク、稲作、同窓会のお手伝い
自己紹介:
1977年春に三中卒業後もずっと地元に住み続けています。
3人の愛娘も三中卒業生です。
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